中国四川省の旅日記

川本一俊 
 中国四川省の世界遺産(九賽溝・黄龍・都江堰)と巴郎山峠・四姑娘山を楽しんできました。9日間バスで移動しながらハイキングして、世界遺産のすばらしい景色と風物、国内とはスケールの違う広大なお花畑に目を見張りその美しさを堪能しました。
 トラピクスの格安ツアー「四川省3大絶景九賽溝・黄龍・四姑娘山の旅」169.8k\ に申し込んだのですが、添乗員の青年高橋君に連れられて、24名の熟年参加者と一緒に和気藹々の楽しい旅ができました。中国国内は成都の旅行社の小型バス(定員30名)で移動しましたが、ガイドの劉玉琴さんは明るくて日本語上手、ドライバ湊玉恒さんは丁寧な運転でタフでした。大型バスでは四川省の山奥の道は走れないのです。もう一台の貨物車がホテルからホテルへトランクを運びました。

四川省のバス走行ルート
(画像をクリックすると大きな画面で見ることができます。)


26日:成田空港−北京空港−成都空港−綿陽市

中国中をこのバスで走り回りました

26日朝9:55成田をCA452にて出発し、北京空港で入国手続きをして(12:2013:40)、成都空港に15:50に 到着。ガイドの劉玉琴さんドライバ湊玉恒さんの貸切バスに乗り換えて16:25に陸路綿陽に向けて出発した。広漢−徳陽−を経て綿陽市のホテル臨園賓館に到着した。ホテルはいくつかの建物に分かれていて、われわれは一番奥の6号館に泊まった。敷地内の庭園はライトアップされていて綺麗だった。


綿陽市の夜景

 綿陽市は中国の電子産業の中心地として発展しつつある四川省第2の都市である。夕食後に時間があったので近くの高層ビルの展望台に登ってみた。
一階の入り口に案内役がいて、最上階の展望所まで案内してくれた。新生都市綿陽の360°の夜景をゆっくりと堪能して下り口に戻ったら、驚いたことに案内役さんがそのまま待っていてくれた。恐れ入りながら後を歩いたが、確かに途中のエレベータを乗り換えする階での廊下が複雑で、案内なしでは迷子になったかもしれない。丁重にお礼を言ってビルを後にした。

27日:綿陽市−九賽溝
 27日は綿陽から九賽溝のホテル村まで340kmのロングドライブです。綿陽−江油−猿王洞−平武(昼食)−白馬村−杜鵑峠−九賽溝。四川省らしい谷合の道を走ってチベット民族村などに立ち寄りながら九賽溝のホテル村まで走りました。
 途中何箇所かでトイレ休憩をしたが、トイレはすべて有料で一律50角(0.5元=7円)でした。トイレの形式は中国式、洋式さまざまだったが、綺麗に掃除されていた。周りには果物や手製の飾り物などを売る人がたむろしていた。スモモや桃が1個10円〜20円くらいで、甘くてみずみずしくて美味しかった。この光景は行く先々の休憩所で共通していました。
 途中平武の街中のレストランで昼食をとった。10人ぐらいで円卓を囲んで、大皿に盛られたいろいろな中国の田舎料理を、銘々の取り皿に取りながら食べる中国式です。この形式は旅行を通して三食全部これでした。綿陽のホテルの朝食がビュッフェ方式だったのを除いて。四川料理は辛いものと思いこんでいましたが、意外と薄味で、唐辛子が利いて辛くて困るようなものはありませんでした。


中国の食卓

 白馬村というチベット族の集落があり、観光客を集めていた。入口では例の有料トイレや果物の露店がある脇で、ロバやヤクを連れている人たちがお客を乗せて日銭を稼いでいた。村の富裕な民家の居間や台所を見せてもらった。チベット族のシンボルである5色の幟がたつ家は三階建で、一階は家族用、二階はお客用、三階は物置になっていた。農作業にお出かけだったご婦人3人が子供を連れて帰ってきて、早速民族衣装に着替えてモデルになってくれた。


チベット族の奥さん達

 九賽溝に近づくと、道路の拡張工事が進行中で工事現場みたいな道路を走った。工事は多くが人力に頼っており、ショベルカーが唸っている脇で、大石を叩いて小さくする人、これを積み重ねて路肩を作る人、ダンプが落としていった土を鍬で広げる人、大勢の人が働いていた。この道路拡張工事は九賽溝から四姑娘山への入口映秀まで延々と340kmが同時進行で進んでおり、バスの後の方の席に座った人たちは、シートベルトをしていないと天井に頭を打ち付けそうだったと嘆いていた。

28日:九賽溝観光
 中国四川省の世界遺産の九賽溝は、樹正溝・則査窪・溝日則溝の三つの渓谷がYの字につながっており、多くの綺麗な湖と豪快な滝で有名であり、毎日一万人近い人が訪れるという。賽はチベットの村、溝は渓谷を表す。開放されているのは3つの賽だけ。
 九賽溝には車道のほとりに歩道はあるが、全長50km近くあるので全行程を歩いて観光するのは無理であり、車の入場は禁止されているので、入口の観光センタで専用バスに乗り換えて各観光地で降りながら観光して回るようになっている。
a)樹正溝
 入口から直接入る渓谷を樹正溝といい、Yの字の下の部分になる。最初に火花海という湖で降りる。太陽の光が当たると湖面が火花のようにキラキラと光る。澄み渡っている湖底に倒木が朽ちることなく綺麗に見える。ここだけでなく、九賽溝の湖は石灰岩を含んだ水なので水中に落ちた木がいつまでも腐敗しないで残っている。
次いで老虎海で降りて飾りの幟をくるくると回すだけの水車小屋などを眺めて、犀牛海まで歩いた。犀牛海は湖面に向こうの山を綺麗に映す。
樹正溝の最後は、つの溝の合流点にある諾日郎瀑布で降りる。全長340mのナイヤガラのように迫力ある滝で、車道の上の展望台から全体を展望してから、下の展望台からしぶきを受けながら滝の迫力を満喫した。


迫力の諾日郎瀑布

b)則査窪溝
 諾日郎から左に入る渓谷が則査窪溝であり、一番奥の長海まで入った。長い湖(7.4km)で標高も3160mあり九賽溝の最高地点です。広い展望台には中国人の観光客が多く、チベット服の人もたくさんいました。遊歩道の周りには高山植物も咲いていました。
 ここから180段の階段を下りて五彩池、一番小さいが一番綺麗でした。
諾日郎の旅遊服務中心という新しい大きな建物の中のレストランで昼食をとる。建物の中の広場には多くのチベット族の売店がずらりと並んでおり、食後にお土産の買い物をした。
c)日則溝
 昼食後、右側の渓谷、日則溝に入り最奥の箭竹海でUターンして熊猫海でバスを降りる。以前はパンダのすがたも見えたが今は山奥に入ってしまったという。五花海の周りを散歩したが、湖面に映る山影、水面下に見える倒木の鮮やかさは九賽溝一番だった。
珍珠灘瀑布の上でバスを降りて、滝の上部の遊歩道を歩くと浅瀬を流れるせせらぎが心地よい。珍珠灘瀑布の下まで降りると、滝の迫力がすごく、轟がごうごうと響く。


五花海の倒木

d)樹正溝
 また樹正溝に戻って入口に向かい、最初に鏡海に立ち寄った。風がない日には湖面が鏡のようになるらしいが、午後は波立っていて平凡だった。次の老虎海の真っ青な湖面が綺麗だった。秋になると紅葉した山が虎の皮のようになるからこの名前が付いたという。
 そのまま歩いて迫力と水しぶきの樹正灘瀑布をめぐり、下流の樹林の中を流れる滝群を見ながら最下流まで散歩した。たくさんの五色の幟がたなびく民族文化村まで登って、売店の駐車場で待っていた専用バスに乗る。帰りに盆景灘という盆栽のような風情の池を眺めて、入口の観光センタで専用バスを降りた。そこから駐車場まで10分ほど歩いて四川観光のバスに乗ってホテルに戻った。
夕食後、ホテルの隣の民族館でチベット民族のショウがあり見物に出かけた。祈りの踊り、喜びの踊り、観客参加の賑やかなお祭りの踊りと色とりどりで楽しかった。
29日:九賽溝−黄龍−松藩
 4日目は朝九賽溝のホテルを出発して、黄龍への分岐点川主寺の宝石店でメノウの本物と偽者の見分け方のご指南を受ける。4200mの宝頂山峠を霧の中で通過して丁度12時に黄龍山荘に到着して昼食をとる。
午後は黄龍の観光。普通登り2時間半強、下り1時間半弱ぐらいで観光しながら往復出来るとのこと。入口で既に標高が3100mあり富士山の七合目、黄龍寺までの道のりは階段で約一万段(高度差450m)以上あるとのことだった。登りと下りは一方通行で混雑を避けおり、登りに見所が多くありました。石灰質が龍の鱗のような形に配列されたところに水が流れて、たくさんの棚田のような池を作ったり、さまざまな滝やせせらぎの美しい風景を作っていました。整備された登山道の周りに色々な花も咲いていて、奇観を楽しみながら登るので気分はいいのだが、高所に弱い和子は息切れして辛かったようで、配布された酸素ボンベ缶を吸っていた。
黄龍寺山門の額が面白い。正面から見ると「黄龍古寺」、右から見ると「飛閣流舟」、左からは「山空水碧」と見る角度によって異なる文字が見える。
黄龍古寺裏の五彩池は何とも艶やかな華やかさで迎えてくれた。遊歩道を一周してその明るいコバルトブルーの湖沼群を見るだけで、疲れはいっぺんに吹き飛ばされた。ここまで来て良かったとつくづく思う。この上100mのところに展望台があり、和子はもうたくさんと言って登らなかったが五彩池を一望出来た。


五彩池

 登山道では度々駕篭屋さんに出合った。二人一組で一人のお客を乗せて元気良く上り下りしていた。駕篭屋さんは往復とも下山用道しか利用しないようだ。駕篭屋さんは300元とのことだが、辛くて五彩池まで登れなかった人には有り難いだろう。
 下り道での争艶彩池と迎賓彩池の展望台で奇観の見納めをして1時間ほどで入口に戻り、バスに乗って、再び宝頂山峠を通って松藩まで走った。

6月30日:松藩−茂松−茂県−文川−映秀−臥龍
 今日は270kmの移動日。ここ辺りには回族が多いが、少数民族のチベット族や羌族も住む。少数民族は一人っ子政策から除外されている。
チベット族:家の周りにタルチョという5色の幟、レンガではなく石と木の家、3階建て、1階家畜、2階居間、3階干し場、赤い布の帽子に黒と赤の服、放牧は80%がヤク
 羌族:全中国に20万人いるが四川省のこの阿州にのみに住む。屋根の上に白い石、黒い布の帽子に青と緑の服、靴は刺繍した布、放牧は80%がヤギ、岷江沿いに、車道遥か下に二つの堰き止め湖を見た。1933年の大地震で谷が堰き止められてできたもので、当時6800人が生き埋め、水没したという。深い急傾斜の谷間を見ながら、地滑りが起こればひとたまりもないなと実感した。走っている道も急斜面を削り取っただけの道、いつ交通遮断が起きても不思議はない、迂回路もないので帰れなくなるのではと怖くなった。
 途中、交通事故による渋滞に巻き込まれた。バスが止まったとき前に止まっていた車は既に1時間待っていた。それから更に1時間。原因はトラクタと乗用車2台の衝突、脱輪事故。公安が調査するのに両方の車を止めていたのだ。日本なら、交通整理をしながら一方向ずつでも通すだろうが、中国の公安は市民の不便は斟酌しないらしい。このお陰で、臥龍に着いたらパンダセンタに入場予定だったのが、翌日回しになった。

7月1日:臥龍−巴郎山峠−日隆
 早起きして、8時の開園と同時に大熊猫園に入場し、たくさんのパンダに挨拶した。面積20ha56頭のパンダがいる。全員パンダとの記念写真を撮ったが、撮影前にパンダには大好物のタケノコをたっぷりと与えられる。満足して大人しくなったところで、順番にパンダの横に立って、自分のカメラで撮影してもらう。ガイドさんは120元ぐらい払ったのかな。赤ちゃんパンダを抱いて写真を撮るには150元が必要。


パンダと記念写真

 パンダと遊んでから、次の宿泊地四姑娘山の日隆まで、お花畑に立ち寄りながら楽しいドライブをしました。岷江の急流沿いの道から山道に入ったばかりのケ生という村で早速お花畑に出会う。フウロソウ、トラノオ、シオガマ、キンポウゲなど雑草のように咲き乱れている。標高3000mで再びお花畑。黄色いサクラソウやリュウキンカがいっぱいだった。
広いトイレのある貝母坪には焼鳥屋がずらりと並んでいた。羊やヤクは1串1元、スズメ1串2元、なかなかいいお味でした。お花畑も見事で写真タイムもたっぷり取られました。、ここから巴郎山峠まで、延々と続く山道の両側が全部お花畑! 日本とはスケールの違う広大さに皆びっくりしながら大喜び。高度が上がると、アツモリソウ、黄や赤や青のケシの花など、日本ではなかなかお目にかかれない綺麗な花がいっぱいでした。そのなかにヤクや羊が放牧されて踏んづけている。中国人の観光客は花を摘んで花束を作っている。日本の常識を超えていました。


巴郎山峠のお花畑

 数箇所で停車して写真タイムをとりながら、標高4520mの巴郎山峠について記念撮影。あいにく天気が悪くて遠くの雪山は見ることが出来ませんでしたが、両側のくねくねと登ってくる登山道が印象的でした。下りでも3900mの無料垂れ流しトイレで休憩と花写真。14時過ぎに日隆に着くとそこには立派なホテル群が林立していた。ホテルで昼食予定だったが昼からずうっと停電中。街の小さなレストランで昼食になったが、この旅一番の美味でありました。
昼食後は街の土産物屋を冷やかしながら歩いたが、大体初めの言い値の1/3で話がついた。夕食前の時間つぶしに元気のいいご婦人と明日は歩かない長坪溝の方へ散歩に出かけた(和子は自重)。残念ながら四姑娘山は雲に隠れて姿を拝めなかったが、道端に綺麗な花が咲いていて満足した。途中、学校帰りの子供達と仲良しになり、記念撮影を一枚。
夕食を終わると四姑娘山方向が晴れてきて、長女の山が見えてきた。皆でホテルの屋上に上がって写真を撮ったが、私は長女だけでは満足できず、一人で街外れの丘まで登って末娘を除いた三人娘の姿を拝んできた。

7月2日:双橋溝、海子溝
 7日目は四姑娘山の麓、双橋溝と海子溝のハイキングを楽しみました。
8時にホテルを出発して双橋溝入口近くの駐車場に到着し、専用のマイクロバス2台に分乗して渓谷に入っていった。最初は人参果坪、サクラソウが咲き乱れていて、湿原一面が紫色に染まっていた。可愛い女の子が3人親に連れられていた。2元払って写真にしようとしたが、3人だから6元よと親に言われて写す気力が失せてしまった。次は盆景灘、上高地のように川の中に枯木が立ち並んでいて盆栽のような風景だった。次いで欅魚壇、ここもサクラソウが多くヤクが放牧されていた。
 布達拉宮にはヤクやジャガイモの串焼きを1元で売る屋台が並んでいた。お花畑の中にいわれのありそうな石塔が並んでいた。お天気が良ければ周りに雪を頂いた高い山が見えるはずだが、今日は今にも泣き出しそうな空模様で残念でした。近くの斜面にはたくさんの滝が落ちていました。
終点の紅杉林は入口から38.4km、標高3840m。ここに着いたとき空が少し明るんできて、三方向の雪山や氷河が姿をあらわした。みんな大喜びでシャッタを押した。


双橋溝・紅杉林

 帰りは牛棚子に立ち寄ってチベット民族の農家とヤクの牧場を覗く。帰りの車窓には雄鷹展翔の峰が、鷹が翼を広げたような姿を見せていた。入口でバスを乗り換えて日隆の街にある村長さん経営のレストランでチベット風の昼食をとり、海子溝の登山口に向かった。
標高3100mの四姑娘山旅遊人接待中心が登山口で、登山道は広かったが初めから花の中で楽しかった。途中には馬を飼っているところがあり、四姑娘山に登る人たちはこの馬に荷物を運んでもらうという話だった。ヤマシャクヤク、ニリンソウ、シオガマ、オダマキなどの群落を愛でながら登ると1時間で3400mの下鍋坪の石塔に着いた。ここからは尾根歩きになるが、集合時間を決められて自由行動となった。和子も昨日静養して高度順応したのか、今日は元気に歩けそうなので、トラバース道を選んで一面のトラノオの花が咲く中を3600mの上鍋坪まで歩いた。残念ながら四姑娘山は雲の中で姿が見えないので、少し先の羊の放牧場まで歩いて尾根道を下鍋坪へ下った。


海子溝のトラノオの大群落

7月3日:日隆−巴郎山峠−映秀−都江堰−成都まで


6250mの四姑娘山の末娘

 今日も日隆から成都への236kmの長いドライブ。7時に日隆を出発して巴郎山峠へ向かう途中、猫花梁という四姑娘山の展望台着くと、一番高い末娘が頭を出していた。これで4人娘全部を拝むことが出来た。立派な四姑娘山の石碑と共に記念写真を撮る。更に登ると、猫人峰や五色山などの5000m級の山脈が綺麗に見えて嬉しくさせた。巴郎山峠を越えて臥龍のパンダセンタを過ぎるとパンダが寝そべっている姿が外から見えた。
 映秀に出ると道は再び工事中の道になった。今度は成都の水がめのために建設中の映秀のダム工事のためにダムサイトの道がむちゃくちゃになっている。2007年完成を目指して突貫工事である。
都江堰の町で4星のホテルで昼食をとる。今までとはまるで別世界の感じである。


泰堰楼から都江堰を望む

 世界遺産の都江堰を見学したが、大規模な水利施設を見て、2000年も昔によくも作ったものと感心させられた。建設責任者の李冰を記念して作られた二王廟は素晴らしい彫刻がされていた。見学用の安瀾橋は吊橋でありものすごく揺れた。夫婦が手を繋いで渡れば末永く仲良く過ごせると聞かされて、神頼みをする気になって、揺れを我慢しながら最後まで手を離さないで渡った。
成都についたら、劉備玄徳のお寺(漢昭烈廟)にお参りをした。中には三国志にでてきた関羽、張飛、諸葛孔明の像など多くの武将の像を祭ってあった。玄徳の円形の武侯祠を一回りした。
 夕食後は川劇の変面ショウを楽しみました。有名な人形のお面が瞬時に変わる芸のほかに、武将の暦伝、2胡の演奏、コメデイ色々あったが、影絵の軽妙な芸が素晴らしかった。

7月4日:成都−北京−成田
 朝9時前にホテルを出発し、シルク店を見学して、早めの昼食をとって、昼前に成都双流国際空港に到着したが、北京から来るはずの飛行機が遅れて1時間遅れの出発になった。遅れを北京でも取り返すことはなく、成田空港について駐車場のマイカーに乗ったのは御前様になっていた。


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