No.091
アラスカ探鳥記
アンカレッジ・ノーム・セントローレンス島

 日本に来る冬鳥や渡り鳥はユーラシア大陸の鳥が多いが、アラスカからアリューシャン列島沿いに渡って来る鳥も少なくない。昨秋愛知に来たミズカキチドリや今年佐賀に出たハドソンオオソリハシシギはアラスカで繁殖する。また、冬の北海道や東日本の海上で見られる海鳥の多くはアラスカ西海岸からやって来る。そんなアラスカに鳥仲間に誘われ5月27日から6月3日の予定で出かけて来た。



 初日はノースウェスト航空でシアトルに入り、アラスカ航空に乗換え1500キロ北のアンカレッジに一泊。空港からホテルまでタクシー。チエックインを済ませると6時を過ぎていたが東京の午後3時くらいの明るさ。ホテルに近い池のある公園で探鳥を開始する。浮き巣でアカエリカイツブリが抱卵し、カナダガンやヒメシジュウカラガン、カモの仲間が静かに羽を休める。岸辺ではコキアシシギのオスがメスを追いかける。公園の先にはクック湾の干潟が広がり、オオソリハシシギの群れにハドソンオオソリハシシギ数羽が混じる。上空を黒い帽子を被ったボナパルトカモメや両極を横断するキョクアジサシが悠然と飛ぶ。初めて見る「日本の鳥」(日本で記録された鳥)が早くも4種。到着が遅く寝るだけと思っていたのでうれしい。

ハドソンオオソリハシシギ

 翌日は500キロ北のノームに向かい、ベーリング航空に乗り継ぎ300キロ西のギャンベルを目指す。乗客は我々4人のほか探鳥ツアーのアメリカ人約40人。小型機3機に分乗し1時間余で到着。ギャンベルはセントローレンス島最西端の町でベーリング海峡を挟んでロシアとの距離は僅か60キロ。我々が渡りの時期に日本海側の離島に行くように、ユーラシアの迷鳥を期待して来るアメリカ人も多いのだろう。
 飛行場から宿までは歩いて10分ほど。防寒具を纏いベーリング海を臨む海岸に急ぐ。流氷群とチュコト半島の真っ白な山並みを背景にウミガラスやウミスズメ類の行列が切れ目なく南北に行き交う。時々ホンケワタ、コケワタを含むケワタガモ3種やアビの仲間4種が飛び交う。目の前に展開される海鳥たちの一大スペクタクルに圧倒される。ゾウゲカモメとミカドガンが現れるとアメリカ人バーダーの間からも歓声が上がる。


ベーリング海とエトロフウミスズメ

 海岸沿いの低層湿地に眼を転じるとミズカキチドリやヒメハマシギに加えトウゾクカモメが営巣。上空をカナダヅルが編隊で通過する。山沿いの岩場の低いところでユキホオジロとツメナガホオジロが営巣し、中腹から上はエトロフウミスズメ、コウミスズメの塒で、夜の9時を過ぎると続々戻り、12時を過ぎても数千〜数万の群れが飛び交う。流石に付き合いきれず翌朝に備え宿に戻る。シャワーを浴びて寝るのは2時過ぎ。早朝探鳥のため6時に起きねばならないので白夜の世界での鳥見は睡魔との闘いでもある。


エトロフ ウミスズメとコウミスズメ(前方)


ユキホオジロ

セントローレンス島はシベリア・ユピック族の島でギャンベルには約700人、島のもう一つの町サボンガに700人ほどが住む。ギャンベルには現地人と結婚した日本女性が一人いて何かと世話になる。島民の生活は全面的に鯨や海獣猟に依存。今春は既に鯨4頭を仕留めた由、この時期はセイウチ猟の最盛期で島のあちこちで肉の天日干しを見かける。海鳥も重要な蛋白源で卵を採集するが、霧が濃いと海岸の陸近くを飛ぶ海鳥を撃つ鉄砲の音が絶えない。


セントローレンス島の村内風景

 島には道らしい道がなく一面砂利が広がる。海辺の砂浜歩きに似て通常の2倍の時間と労力がかかる。住民の交通手段はホンダの四輪バギー車。猟の合間に運転手付で半日だけチャーターし2人ずつ後ろの荷台にしがみつき往復10キロの遠出をした。食事はギャンベルに一軒ある店で食材を買い宿で自炊。時間が無い時は日本から持ち込んだ即席めんやスープ類で済ます。
 場所がら強風と濃霧で鳥見が出来ない日があるようだが今回は天候に恵まれた。気温も朝晩こそ氷点下になったが日中は10度前後と暖かかった。かくして島での足掛け4日は快適そのもの。出会った鳥総数44種、そのほとんどが我々にとって珍鳥・迷鳥であった。
 5日目(31日)午前の便でノームに向けギャンベルを後にする。機上から眺めるベーリング海はほぼ流氷に閉ざされている。ギャンベルの西側水路は解氷が早くこの時期に何百万羽の海鳥が集まるのであろう。
 ノームでは午後からレンタカーで半島南側の海岸沿いを東へ50キロほど往復し、幾筋かのクリークや潟湖中心に探鳥。ナキハクチョウ、カナダヅル、コクガン、コシジロアジサシ、キョクアジサシ、カモメの仲間などが雪を被った山々を背景に青空を飛び交う姿は殊のほか素晴らしい。夏羽のアカエリヒレアシシギ、ハマシギなどシギ類、ベニヒワとコベニヒワにも出会う。再び街に戻り、空港裏手のブッシュで小鳥たちを探す。ミヤマシトド、キガシラシトド、サバンナシトドなど米国産スズメの仲間3種を見つける。道路沿いの池ではアビ3羽が静かに羽を休める。いずれも「日本の鳥」でもあるがこの辺りで繁殖していると思われる。 夕食はホテル近くの韓国系食堂でてんぷら料理を食す。セントローレンス島は禁酒だったので程よく冷えたビールがひときわ旨い。


キョクアジサシ

 6日目(6月1日)はノームを発ちアンカレッジへ。空港から運転手付のチャーター車で町外れの公園に直行。冬はクロスカントリースキーを楽しむ所でアップダウンが激しい。コマツグミ、シロハラコツグミ、カナダガラ、キヅタアメリカムシクイ、カナダカケスなど森林の小鳥たちに出会う。いずれもアメリカ固有の鳥たちである。上空を時々ハクトウワシやワタリガラスが通過する。キツツキの声はするが姿を見せない。日本ではほとんど見られなくなったミユビゲラやナキイスカを期待していたが出会えなかった。ホテルは最初に泊まったところと同じ。チエックインを済ませて公園に急ぐ。
池の水際でハドソンオオソリハシシギの新しい群れに出会う。アメリカオオハシシギ1羽も混じる。オオキアシシギが1羽。他は5日前とほぼ同じ顔ぶれである。
 翌7日目も早起きして三度目の公園探鳥。カモの仲間ミカヅキシマアジ1羽を見つける。
 アンカレッジ発10時のフライトは遅れて11時15分に出発。シアトルでの乗り継ぎは案の定20分しかなく、目の前で扉が閉まり乗り遅れる。結局、翌日午後の便に切り替え、アラスカ航空が空港近くのホテルを準備してくれるが、ドルを買ったり家族に連絡したりが煩わしい。連日の睡眠不足で睡魔に勝てず早々に就寝。
 翌朝は午前中2時間ほどホテル前の住宅地や公園で探鳥。ミヤマシトドやイエスズメ、コマツグミ、ヒメレンジャク、ナキヒタキモドキ、メキシコマシコ、オオゴンヒワ、ハゴロモガラスなど日本人には珍しい鳥たちに出会う。探鳥地でもないのに短時間にこれだけの種類の鳥に出会えるのは流石アメリカである。ノースウエスト便は予定通り運行し、無事1日遅れの6月4日に日本に着き9日間の日程を終えた。
 今回のアラスカ探鳥では全85種(シアトルを加えると92種)の鳥たちに出会えた。うち「日本の鳥」で私が初めて見た鳥は12種を数えた。想像を絶する海鳥の群れとの出会いは白夜の鳥見体験と合わせいつまでも記憶に残る探鳥であった。
(07.06.08)


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